カメラが苦手なパパ・ママへ――それでも映像に残してほしい理由
- 完璧な映像でなくていい。お子さんが見たいのは、あなたの姿そのものです。
- カメラに映ることへの不安を、無理なく少しずつ和らげる方法があります。見た目も気持ちも「準備が整ってから」じゃなくていい。
- 躊躇する自分を責めないで。でも、どうかそろそろ始めてみてください。
赤ちゃんを産んだあなたの体は、本当にすごいことをやり遂げました。なのに、画面の中の自分の姿が見られない。
それはあなただけじゃありません。本当に、たくさんのパパ・ママが同じ気持ちを抱えています。
産後にカメラを避けるようになる親御さんはとても多く、特にママに多い傾向があることが、さまざまなコミュニティの声からもわかっています。その理由は、とても個人的で、どれも納得できるものです。体が変わった。疲れが顔に出ている。同じ服を三日間着ている。髪も洗えていない。まだ自分らしくない気がする。
だからカメラの後ろ側に回る。自分の視点からすべてを撮る。赤ちゃんの動画は何百本もあるのに、自分と赤ちゃんが一緒に映っている映像はほとんどない。
このポストは、そんなあなたを責めるためのものではありません。あなたのペースで、あなたのやり方で、一歩踏み出すためのヒントをお伝えしたいのです。
これが思っている以上に大切な理由
いつかお子さんは、あなたの姿を映像の中に探します。
完璧に整った状態のあなたではなく、きれいな服を着た「映え」なあなたでもなく、「そこにいた」あなたを。疲れ果てたあなたを。本物のあなたを。夜中の4時に抱っこして、音程はずれながら歌って、目の下にクマを作りながら、全身全霊で愛してくれたあなたを。
「なぜお母さんが小さい頃の写真や動画にほとんど映っていないのか聞いたら、産後に自分の見た目が嫌だったからと言っていた。後悔しているのがわかった。私はお母さんがどんな見た目でも全然気にしなかった。ただお母さんの姿が見たかっただけなのに。」
これは、大人になった子どもが振り返って言った言葉です。そしてこの気持ちは、世界中の育児コミュニティに共鳴しています。子どもたちは映像を、親御さんが見るような目では見ません。体型も肌も髪も関係ない。見ているのは「あなた」です。大好きなパパ・ママ。自分の世界の中心にいる人。
映像の中にあなたがいることは、オプションではありません。それこそが一番大切なことです。
まず「声」から始めよう
まだカメラに向き合えなくても、赤ちゃんがあなたの顔以上に覚えているものから始められます。それが「声」です。
ナレーションを録音してみましょう。赤ちゃんのかわいい瞬間を撮りながら、今起きていることを声で伝えるだけ。「今日で4ヶ月になったね。さっき初めて自分の足をつかめたよ。もう止まらないね」。それだけで十分です。あなたの声と言葉と個性が、我が子の映像に重なる。
あなたの声は、赤ちゃんにとってかけがえのないものです。生まれる前から知っていた音。泣き止む時に聞きたい音。20年後に映像でそれを聞いたとき、その声は赤ちゃんをあの頃の安心感と愛情へ一瞬で連れ戻してくれます。
ナレーションだけで完結するパパ・ママもいます。それで全然いい。ナレーションを続けるうちに、少しずつカメラに映ることへの抵抗が薄れてくる人もいます。それもいい。
正しいペースなんてありません。大切なのは、始めることだけ。
まず「手」を映してみよう
安心感がありながら、意外なほど美しい映像が撮れる方法があります。
赤ちゃんを抱く自分の手を映してみましょう。おむつを替える手。哺乳瓶を準備する手。膝の上に小さな人を乗せて、絵本のページをめくる手。小さな足に触れる手。
あなたは映像の中にいます。ちゃんとそこにいる。あなたとわかる。でも、カメラに正面から向き合う必要はない。それだけで、少し楽になれます。
これまでに生まれた、最も心を動かすベビー映像のいくつかは、こういうアングルで撮られています。新生児をやさしくお風呂に入れる親の手。スプーンを口に運ぶ手。初めて立とうとする赤ちゃんを支える手。このような映像は、正面から撮ったものよりもむしろ、より親密な何かを伝えてくれます。
まずここから始めましょう。手が語る物語があります。
後ろ姿から始めよう
もうひとつの優しい入口。映像に映るけれど、カメラに背を向ける。
パートナーに、抱っこ紐で赤ちゃんを抱いているあなたを後ろから撮ってもらいましょう。公園を歩く後ろ姿。キッチンカウンターで赤ちゃんを腰に乗せている姿。赤ちゃんを胸に抱いてうとうとするロッキングチェアの後ろから。
あなたは映像の中にいます。我が子はあなたを見る。あなたの輪郭、姿勢、赤ちゃんの抱き方、二人でこの世界を歩いている様子を。カメラを見なくていい。カメラもあなたの顔を映さなくていい。
こういう映像は美しいものです。親が子を抱く後ろ姿のシルエットは、普遍的に美しいイメージのひとつ。カメラに映ることの難しさを感じることなく、その中に自分を収めることができます。
「10秒だけ」メソッド
カメラに向き合える気持ちになったら、できる限り小さなコミットメントから始めましょう。
10秒。それだけ。
スマホをセットするか、誰かに持ってもらいましょう。赤ちゃんを抱いて。カメラを見ても、赤ちゃんを見ていても。10秒間録画する。それで終わり。
10秒なんて、あっという間です。深呼吸ひとつ分。一瞬のこと。自意識が膨らむ前に終わります。
でも10秒は、すべてでもあります。我が子と一緒にいる10秒間。あなたがそこにいた証拠。いつかだれかにとって、かけがえのない映像になる。
今週10秒撮りましょう。来週また10秒。プレッシャーなく、少しずつ、10秒が「大変なこと」ではなく「日常の一部」に変わっていきます。
10秒から始めて、気づけば何分も撮れるようになったパパ・ママもいます。ずっと10秒のままのパパ・ママもいます。どちらも、十分すぎるくらいです。
フィルターを使っていい
少し賛否両論かもしれませんが、はっきり言います。フィルターがカメラの前に立つ助けになるなら、使っていい。
軽く肌をなめらかにするフィルター。光を柔らかくするウォームトーン。プレビューを見て「これなら撮れる」と思えるもの、なんでも。
偽りのイメージを作ることが目的ではありません。「録画ボタンを押す」ためのハードルを、少し下げること。それだけが目的です。特に産後の数ヶ月間は、フィルター一枚が「映像に映る」か「映らないか」の分かれ目になることがあります。
よくある展開はこうです。フィルターから始める。しばらく使い続ける。カメラへの慣れが出てくる。気づけばフィルターを使う頻度が減る。そしてある日、フィルターなしで撮った映像を見て「これが私。それでいい」と思う。
でもその日が来なくても、フィルターありの映像は、映像がないよりずっとずっといい。
カメラが映すものを捉え直す
あなたはカメラを通して自分の「気になるところ」ばかり見ます。でも、他の人が見ているのはそこではありません。
パートナーは、自分の子どもを抱く愛する人を見ています。赤ちゃんは、自分の全世界を見ています。あなたのご両親は、親になった我が子を見ています。見知らぬ人が見ても、人生で最も美しくて大変な章を懸命に生きている人の姿が映っています。
誰も、あなたが見ているものを見ていません。あなたは、自分自身に向けてずっと刷り込まれてきた批判の目で自分を見ています。他の人は全体像を見ていて、その全体像は「ちゃんと来てくれたパパ・ママ」です。
この視点の転換は、すぐにはできなくて当然です。練習が必要です。自分を見て批判的な声が聞こえてきたとき、ひとつだけ問いかけてみてください。20年後に子どもがこれを見たら、何が見えるだろう?
そこにいる「あなた」が見える。そして、それで十分なのです。
クリエイターたちが教えてくれること
フォロワーの多い育児系クリエイターの中にも、最初はカメラが本当に苦手だったという人がたくさんいます。
発信を始めてから映像に自分が映れるようになるまで、数ヶ月かかったという人も少なくありません。最初はナレーションや手元の映像から始め、今では育児コンテンツの世界でよく知られた顔になっているクリエイターもいます。「見えない存在」から「見える存在」への旅は、ゆっくりと、自分のペースで続いていきました。
「ノーリテイク」をポリシーにして投稿しているクリエイターもいます。撮れたものをそのまま上げる。そのルールが、「どう見られるか」へのこだわりを手放させ、ただそこに存在することを可能にしてくれたと語っています。
「見えない親」というテーマで語ったクリエイターの映像が、多くの親御さんの共感を呼んだこともあります。赤ちゃんの写真や動画は何千枚もあるのに、自分が映っているものはほぼない。口に出せずにいたけれど、自分もそうだと感じていた、という気持ちに名前をつけてくれたコンテンツだったからです。
不安から慣れへの道は、一直線ではありません。後退する日もある。撮れる日もあれば、カメラを近づけたくない日もある。それで普通です。自分のペースで続けていきましょう。
パートナーへ:こんなふうにサポートできます
これを読んでいるのがパートナーで、カメラを避けているのが相手側なら、こんなことができます。
「撮るよ」と宣言せず、自然に撮りましょう。「動画撮ってあげようか」と言わなくていい。スマホをさりげなく向けて、赤ちゃんと一緒にいる瞬間を映す。授乳の時間。絵本の時間。ソファで二人でうとうとしている場面。特別なことにしない。普通のこととして撮る。
映像を見て「見た目」のことは絶対に言わないでください。「きれいだよ」と言っても信じてもらえないし、外見への意識を向けるだけです。「疲れてるね」もやめましょう。言うまでもないことです。ただ撮って、保存してください。後で必ず感謝されます。
映像をシェアするのは、本人が望んだときだけにしましょう。誰かに見せていいと思っているか確認する。答えを尊重する。映像はあなたの家族のためにあるもので、誰かに見せるためではありません。
やさしいチャレンジ
カメラを避けてきたなら、今週これだけ試してみてください。
1本だけ。長さも形式も問いません。ナレーションだけでも、手元だけでも、後ろ姿でも、10秒だけ正面でも、フィルターありでも、フィルターなしでも。今の自分に可能なことなら何でもいい。
今週、何らかのかたちで自分が映っている動画を1本撮りましょう。
保存するだけでいい。シェアしなくていい。今日見返さなくていい。ただ、作ること。
なぜなら、20年後、子どもは映像の中にあなたを探すから。寝癖のついた髪、疲れた目、洗っていない服のあなたが映っているすべての映像が、その子にとって宝物になる。
準備ができていなくていい。完璧でなくていい。ただ、そこにいてください。
